激走!中山道315km①長野塩尻→木曽福島(45km)
担当していたラグビーワールドカップ2019日本大会が終わりました。
少しだけ関連残務をしてから1週間の休み。
組織としての締め作業やオフィスの移転があるので終わってすぐ終了という訳にはいきません。
ただ44日間睡眠も削って全力で走って来たので、少しのリフレッシュは必要。
そこで走ることにしました。
ん?
ええ、走ることにしました。
1週間も走れるのでコース決めが肝です。
皇居を毎日毎日ぐるぐる走ってもいいのですが、それだと都内を出ません。
そこで頭に浮かんだのが中山道。
徳川幕府が400年前に制定した東京日本橋と京都三条大橋を繋ぐ約550kmの道です。
2年前に日本橋から長野の塩尻まで辿り着いて中断していました(だってここから交通網が一気に難しくなるのだもの)。
この風景が映画「君の名は」に出てくる町にも似ている気がして心奪われました。
ずっと京都に辿り着きたいと思っていました。
それで一気に走ってしまえば途中の公共交通機関のことを気にする必要もない、とのことでいざ中山道。
11月12日朝。
まずは電車に揺られて塩尻駅まで向かいます。
300キロを6日間で走る計画。
11月中旬なので装備も大仰に。
夏だったらもう少し軽装にできるのですが、
この時期の中山道は朝晩は0℃を下回ることもあるので死なない準備が必要です。
何度も悩んでタグを切り落としたりして絞って絞って重量8kg。重い。
これをひとつのバックパック(約35ℓ)に詰め込んでレッツゴー。
既に電車が旅情溢れます。
スタート地点の長野県塩尻へ到着。
ここから300km離れた京都へ向かいます。
己の足だけで。
駅の飲食店なのにハチノコやカエルなどなかなか
地域に根ざした季節料理を出しているのが印象的な塩尻駅。
少し走ると一里塚。
昔は旅人の目印として小高く盛った土の上に榎や松を建てていました。
それが一里(4km)毎にあったので一里塚と呼ばれます。
旧街道には現存しているもの、してなくて地名だけ残っているものなど数多くあります。
平出遺跡。
なんだかわからないけど藁葺き屋根の高床式住居のようなものが遠くに見えました。
時間があれば見学するのですが、1日目は電車移動の時間もありだいぶ先を急ぎます。
また来る日もあるであろう、アディオス平出遺跡。
塩尻はワイナリーがちらほら。
飲みたいところですが、また来る日もあるであろう。
アディオス。
次の宿場町、洗馬宿。
馬はいませんでしたが、きっとその昔洗ってたんでしょう。
中山道にはちょいちょい馬の名産地が出てきます。
こんな感じで見晴らしはいい。
家もある。でも人気があまりない。うーむ。
もうちょっと進むと本山。
そばの名産地。
そば切り発祥の地とな。
そば屋もあって食べたい気持ちに駆られるが先を急がなければ。
昔は関所は18時門限だったと聞きますが、18時過ぎの中山道はなかなか真っ暗です。
峠道もありますしね。
でもまだまだ午後の眩しい光。
西に向かっているから午後はずっと眩しい。
紅葉と西陽とTシャツと私。的な。
初日なのでまだ構図を考えて自撮りする余裕あり〼。
本山宿。静かな元宿場町。
さらに少し行くと、木曽路の始まり地点。
石碑が立ってます。ここより西は険しい木曽路に入ります。
島崎藤村で出て来ましたね。
木曽路は全て山の中である、の出だしで有名な「夜明け前」。
山に囲まれていて水が豊富&きれい。
至る所に水場があります。昔は食器や洗濯物を洗ったりしてたのでしょうね。
紅葉がきれいな山の中を一歩一歩。一走一走。
そういえばあまり人と会いません。
車もほとんど。
でもアスファルト道はあります。
駅もあるにはあります。
あるだけでホッとします。
11月は良いシーズン。この日は暖かったのでトレッキング日和。
駅にはちらほら人がいますが、道では殆どすれ違いません。
同じ方向に同じ速度で進んでるのかしら?
ひたすら前だけを見て走ると、贄川(にえかわ)。
かつては関所がありました。
藤沢周平の「帰郷」にも出て来ましたね。
なだらかな上りが宿場町に続きます。
本当にちょっとなんですが上ってばっかり。
この後本格的なトレイルもありますが、結局累積すると高尾山より高い1000m上ってました。
感動するくらいでかい木。
近くで触りたかったけど、やはり先を急ぐ。
年季ある木材の鳥居と新しめのなんて読むかわからない名前のコントラストが良い味だしてる、なんて読むかわからない神社。
ずっと向こうの山に向かって走ってる気がする。
近づいているのかいないのか。
やがて趣ある屋敷風の家が立ち並ぶエリアに。
ここは平沢。漆器で栄えた町だそう。
今も漆器屋さんが所狭しと数十軒軒を連ねます。
圧倒的漆器。
漆器って漆かぁ、かぶれないのかなぁ職人さんなんて考えながら。
どんな写真にも山が容赦なく映り込む。
ひとつお土産に買いたかったですがこの後300km、漆器を背負って走るのもなんだかなだ。諦めました。
本気になれば宅配すればいいのですけどね。
新しくした店もあり、ウィンドーショッピングだけでも楽しめる町です。
店前の風情がなんとも言えなく良い。
90%は道だけの街道ランニングで、こういった町に入るとテンション上がります。
そしてまた山に戻ります。
久しぶりに人とすれ違ったと思ったら学校。
こういうところで育ちたいなと思いました。
雪は大変そうですが。
丁度電車とすれ違います。
本数こそ少なく、駅間隔も広いですが、中山道は一部を除いて線路もあるので本気を出せば日帰りを続けて散策もできます。たぶん。
奈良井(ならい)駅。
奈良井宿はよくポスターや日本の原風景として広告で見ますね。
そうだ、木曽いこう。
この風景に出会うために僕は走ってきた。(まだ1日目だけど)
さすがに観光客の方が多いですが、
この日の奈良井は90パーセントインバウンド。
アジア圏でした。逆に欧米圏は次の日に会いました。
PR戦略の力の入れ方のバランスですかね?
すばらしい景色。
やはり水場があります。
奈良井を抜けると徐々に寂しくなり、
峠道に入ります。
こんな山道に。
この辺から熊の注意喚起半端ない。
橋の上で会ったらやだなぁ。
去年は夏に小熊と遭遇したので少し及び腰。
きちんと熊鈴持って走ってます。
これまた一里塚の跡。
上って上って、結局標高1197m。
結構あるな。
熊がために鐘はなる。
この鐘を鳴らすのはわたし。
一定の感覚に鐘が置いてあり、これを突いて熊を追い払って走る、の繰り返し。
入り口では学生の集団に会ったのですが、だんだん誰もいなくなり。
熊に狙われてる気がしてきました。
一番向こうのがそうかなぁ。雪がかかってないから違うかなぁ。
御嶽山は噴火事故もありましたが、古くから山岳信仰の対象だったようです。
東海道だと富士山だったりします。
木曾義仲が墨をするのに使った水。
澄んでます。さすがに飲まない。
飲んだら…そういう強者の話はたまにウルトラマラソンでは聞きます。
眼下にこれから進む町並みが見えます。
あとは鳥居峠を降りるだけ。
行きは見落としましたが、ちゃんと杖が用意されてました。
これがあれば熊とも闘えますね。
だいぶ暮れてきました。
18時までには宿泊先に着きそうなペース。
光の落ちた町に山々だけが色を持つ。
すごい景色だなぁと撮影してたらどんどん寒くなっていきます。
宮ノ越宿。
ちょっとしたさよなら渓谷になってます。
木曽川の流れ。
車を走らない道をひたすらに木曽福島目指してランニング。
薪があるおうちが。
あまりハイライトが長くなかった印象があるので逆に何が見られるのか興味あります。
が、先を急ぎます。
宮ノ越宿の本陣。地元の名士、世話役が参勤交代の殿様とか泊まらせていた場所です。
やはり水が命。
町の中も流れています。
せせらぎのような音が心地良い。
だいぶ焦る時間帯。
スピードが上がります。
ライトは持ってきてますが。
こんなところに、中山道の丁度真ん中地点。
僕の計算間違いで実は300kmより短かかった!なんてことは起こらずやはり計算通りの長さを走るしかない。(笑)
七笑という地名近くに相撲場のある公園。
味のある鳥居。この赤は歴史を経ないと出ない赤。
木曽福島に入りました。
シューズは足が浮腫むことも計算に入れてAltraのParadigm。
ラストの坂道を越えると、
有名な関所があり、跡地が公開されてます。
島崎藤村の作品にも登場する上の家。坂の上にあります。
福島関所の絵の前でパチリ。
暗くてもはやちゃんとわからないけど趣ある町並み。
今夜の宿、むらちや。
風呂に入って着替えたら、近くの居酒屋で地元料理。
この旅ではかならず地元の酒と料理を食べようと心に決めていました。
まずは馬刺しから。
そして豆腐料理。
最後に鳥の山賊焼。
デカすぎ。量が多いって止めてくれたのに強行した結果。
残しませんでしたが(笑)。
島崎藤村の原稿も飾ってました。
この居酒屋、和幸家さんは七笑酒造さんで教えていただきました。
https://www.google.co.jp/amp/s/s.tabelog.com/nagano/A2007/A200701/20005536/top_amp/
ビール2杯、日本酒1合で酔いも回って民宿へ。次の日の準備とストレッチをして崩れるように寝ました。
この日のランニング距離は45km。
明日は5時起きです。
②へつづく
TTT〜丹沢山to高尾山53キロ
よく考えるとあまり山を走っていない。
いやいや、山なんて走らんでいいよ、ときっと貴方は優しく言ってくれるであろう。
しかしながらよく考えてみると山を走ったことは練習とレースを合わせて8回。
うちレースが5回。
そのうち2回がハセツネ(日本山岳耐久レース)である。
丁度ぎっくり腰をやってしまって、腰が痺れている。
山の中のトレイルはそんな腰にも優しいし、
ジグザグでステップを切るので、坐骨神経痛も覿面で良くなる。
やはり山だ。山に行くしかない。
と先々週急に思い立ち、何となく家から1回乗り換えて行ける山、丹沢山へ。
そんでゴールはなんとなく家に1回乗り換えて帰れる高尾山に設定。
これが間違いの元だった。
途中の43キロ地点相模湖で時間も足も尽き果てリタイヤ。
これが先々週の土曜日の話である。
1週間その悔しさと共に生き、
先週の土曜日に再チャレンジ。
巷ではこの丹沢から高尾を繋ぐチャレンジをTTT(Tanzawa To Takao)と呼ぶらしい。
しかし1週前とは打って変わって晴れていた。
先週↑
先々週↓
今回はストックを使って挑戦することに。
計算すると全部で3000メートル登ることになる。
後半に足を残すことを考えた。
始発で着いて6時半着。車内は半分朝帰りの人、半分が登山客。混んでいる。
ここから4キロ離れた登山口(大倉バス停)までバスがあるのだが、そこも走る。
地味にずっと登りなので効く。
途中で最後のコンビニがあるので、そこで諸々補給。
登山口の大倉バス停に着くと、ランニング仲間が。
今日は緩くそれぞれでここから高尾山を目指すという趣向。
最初の数キロは一緒に登り、それからは各自のペースで。
結局再会できませんでしたが(笑)。
相変わらず1200メートル位を2時間登り続ける、通称バカ尾根。
こんなきつかったか?
始発なので途中追い越されたバス2台のお客さんくらいで、先週よりも前を行く人は少ない。
2時間登り続けて最初の山頂、塔ノ沢。
標高約1400メートル。
ここから次の丹沢山は1時間弱。
丹沢山脈の最高標高は約1600メートルなので、
一旦ここまで来ると少し楽になる。
早歩きを交えて丹沢山山頂。すぐ着きます。
次は蛭ヶ岳。ここも1時間くらいですが、絶景と難所があります。
この日は富士山がきれいだった。
岩場は危険。手を使って下がりますが、この時だけはストックが少し邪魔。
岩場を超えて、少し登れば蛭ヶ岳。
この日の最高到達点。1672メートル。
ここから焼山→西野々を目指します。
西野々はコンビニもある集落なので、一休みするには丁度いい。
ここに何時に着くかがTTTの成否を握ります。
前回は14時半だったので、13時台に着きたいところ。
下り基調なのでここから結構走れます。
先々週はストック無しで何度もこけたけど、
今回はすんでのところで持ち直せる。
ストックすごし。
西野々に13時半到着。30キロ地点。
静かな山間の村落といった趣き。
ただ標高も300メートルまで下がっているので、急に暑くなります。
ここでコンビニ休憩するも、なんだか体調が悪い。
まだ身体が夏の毛穴になっていないので熱がこもる感じ。
軽い熱中症です。
しかし先に進む。
倒れそうになりながら、いっそ少し横になりたいという誘惑にかられるが、
西野々を過ぎた石砂山あたりは山蛭の危険地帯。
熱中症の辛さと、山蛭の怖さと天秤にかけて横にならないことに。(笑)
途中で小熊に会うという出来事もありましたが。
熊鈴つけてましたが、持ってて良かった。
石砂山から篠原の里に抜けるとまた集落。
自動販売機があるが、僕の持ち合わせ500円やお札だとお釣りがなく、買えないという!
まじか!?
諦めて500メートル先の自動販売機にトライすると、こちらは全部売り切れ。
歩いてる人はほとんどおらず、たまに車とすれ違うのみ。
もう歩道がラピュタ状態。
40キロ地点の相模湖プレジャーフォレストに何とか辿り着く。
ここには自販機があり、久しぶりの水分補給。
前回はここから左手の相模湖駅へ行ってしまったので、
今回は右手の城山→高尾山を目指します。
標高600メートル超の山なんですが、ここからの登りはただただきつい。
弁天橋という少し見つけにくい場所にある橋を渡り、小仏城山山頂へ。
45キロ地点。城山山頂。
まだライト無しでも明るい。
ここからは尾根沿いで高尾山へ。
高尾山山頂TTT達成。50キロ地点。
ここまで出発から12時間。
あとは下山。高尾山って結構急なので。
使い切った足を慎重に進めてもう3キロ。
時間 12時間半
距離 53キロ
累積標高 3200メートル
タフなコースでした。もう少し時間が短縮できるかまたやってみたいです。
アクセスも良くトレーニングにはもってこいです。
「多摩川をゆるり旅」高尾ラン51キロ
小江戸大江戸200K以来、最大距離は30キロちょっとでしたが、
ここで50キロ走りたいな〜と思い計画。
渋谷から高尾まで直線距離だと40キロくらいですが、
多摩川、浅川を経由すれば丁度50キロくらいになりそう。
たまには地図をじっと見ずに、ゆっくり走ってみたいと思いこの川沿いのコースを選びました。
まず渋谷駅から246を二子玉川に向かいます。
川沿いに走ります。
かつて住んでいた登戸周辺。
ちょうど京王線の高架の下を通る時に通った電車は、なんとラグビーワールドカップ仕様。
多摩川から浅川、そして南浅川へずっと川沿いに。
だんだんと上流に近づくにつれ川幅が細くなり、より街の生活の一部になっているのがわかります。
ゴール直前に有名な八王子ラーメンを。
初めて食べましたが、圧倒的な醤油感と玉ねぎのみじん切りのコラボレーションがよく合います。
51キロ、6時間半。
まだ走り方が一定してない気がします。
脈拍も高いし。
リカバリーは時間がかかりますね。
スーパー銭湯にあった天狗のお面。
シャツは先ほどのラーメン屋の3階にあるトレイルランニングのガレッジブランドANSWER 4さんで購入。
絵柄はゆるいが、機能はゆるくない。
走ってきたので距離に応じて(1キロ10円、50キロで500円)割引して頂きました。
帰りは小田急電鉄時代によく通っていたもつ焼き屋さんへ。
1巡目は満席だったので2巡目で入れて頂きました。
1日経って、左膝だけがやたら腫れているのでアイシングなど静養してます。
今日も仕事で10キロ歩きましたが(笑)。
「全てはギア頼み」200キロ完走のためのランニンググッズ。
ランニングのモチベーションはギアです。
以前ランニングの話題で寄稿していた時に、その原稿料は
全てランニングギアに注ぎ込みました。
最近はさすがに気温マイナス20度から40度まで、
殆ど全てに対応できるレンジのギアを揃えてしまったので、あまり増やせませんが。
ウルトラ(フルマラソン以上の距離のこと)を走る時にもっとも大切なギアは2つ。
・シューズ
・ランニングバックパック
【シューズ】
自分の走り方に合うシューズやメーカーを見つけるのが大切です。
僕の場合、サンダルで走ることによってランニング感が変わったので、
同じゼロミリドロッブで足の指が開くスペースが充分の
Altra(アルトラ)というアメリカのシューズブランドを愛用しています。
100キロマラソンも204キロもAltraで走りました。
日本では扱っている店舗は限られてますが、
東京ですと神田とか神保町とか聖蹟桜ヶ丘などのお店に置いてます。
最初は違和感を感じますが、一定のスロースピードで長く走りたい方にもってこいです。
204キロはAltraのTorinというウルトラ向けのシューズで走りました。
http://altrazerodrop.jp/m_torin3.html
他のランナーを見てみるとAltraも多くいましたが
・NIKE
・アシックス
・Brooks
が多かったです。
サンダルの方もチラホラいらっしゃいました。(笑)
ちなみにその前に100キロを走った時は
New BalanceのN1040というLSD用のシューズを履いて2回完走しています。
ちなみにどの位走り込んでレースに臨んだかというと、大体600キロくらいです。
シューズの寿命が一般的に800キロ前後と言われてますが、
それは物理的な壊れより、クッション部分に癖がついて
左右バランスの差が大きくなることに起因します。
ミッドソールのシワなどで判断しますが、Torinはまだまだ大丈夫そうです。
【ランニングバックパック】
ランニング専用のバックパックを初めて買ったのは2012年。
その感動は今も忘れられません。
手に持つとずっしり重いのに、肩に背負った瞬間、胸や背中に荷重が分散し、重さを感じません。
今や背負うより、着る。
ベストタイプのランニングバックパックがトレンドです。
僕の好きなメーカーは
・The North Face/ノースフェイス
・Salomon/サロモン
・Ultimate Direction/アルティメイト・ディレクション
・OMM
この辺です。
それぞれ5リットルから45リットルまで持ってますが、
ウルトラの距離では10リットル前後のもので走ります。
背負うのは貴重品、防寒具、エマージェンシーキット、ヘッドライト。
4kgくらいです。
200キロはノースフェイスのベスト型バックパック、エンデュランスベストで走りました。
https://www.goldwin.co.jp/tnf/ec/pro/disp/2/NM61710
他の選手は
・Ultimate Direction
・Answer4
・Ultra Spire
・ノースフェイス
この辺が多かったです。
意外と調べてみるとウルトラのギアってあまり語られてないので
走られる方、是非参考にしてください。
ちなみに持っていった全荷物です。
その中で背負った荷物です。
比較的今年は暖かい日に恵まれたので、殆ど出しませんでしたが。
終わり
第9回 小江戸大江戸200K 完走記
204キロという距離を聞くと、皆さんは何を想像しますか?
・車で行く距離
・東京から静岡の距離
・自転車なら行けるぜ、な距離
・出張費が適用される距離
いずれにせよ具体的に想像できる距離ではないはずです。
それを足で走るとなると100キロのように数字上キリがいいわけでも無く、
益々想像が困難になります。
そんな想像がつかないことで逆に204キロマラソンを申し込んでしまったランナーの奮闘記です。
事の始まりは4ヶ月前。
毎年5月に100キロマラソンに出場していましたが、
周りも、ああまた100キロね、くらいの反応になってきていて、
何かもっと刺激が欲しくなってしまうという。
そんな中で200キロマラソン、小江戸大江戸200Kの存在を知りました。
制限時間は36時間。
うーんよくわからないけど、これはやるしかないと、
15分で枠が埋まってしまったオンライン申し込みを乗り越えて出場を決めました。
そしてそこから4ヶ月。
まずはどうすれば完走できるのか研究から始めます。
巷には驚くほど200キロマラソンを完走するマニュアルが溢れていません。
数少ない過去完走者のブログを熟読し、その皆さんの100キロマラソンや5000メートルのタイムと
自分のを見比べ、時間内での感想がぎりぎり難しそうなことを数字で理解。
完走に向けてテーマは3つ。
①5000メートルのタイム設定
②ゆっくりとでもずっと身体を動かせる体力をつける
③不整地を走り細かい膝とお尻の筋肉を鍛える
20年以上フルマラソンは走ってないので、フルマラソンの時間は持ち合わせてないのですが
過去の42キロの通過を見ていると自分のタイムは5時間くらい。
これは信号がある道の練習や、100キロを走っている途中の記録なのでがんばって4時間半くらいでしょう。
過去完走者は大体3時間半以内で走られてます。
そこで目標を3時間半でフルマラソンを走れる目安とされる5000メートル21分50秒、これを切ることを目標としました。
結果レースの2週間前の計測で21分4秒を記録。
ちなみにこれは走りではなく、プールで息継ぎなし25メートルを何本も泳いだりして
肺と呼吸筋を鍛えていたら自然と速くなりました。
2つ目。ゆっくりとずっと走れる体力をつける。
これは短い距離でもいいから毎日2回走るようにしました。
通勤に5キロ、帰宅に5キロ。
毎日走って月間走行距離は300キロに。
しばらく続けていると少し余裕が出てきてプラスして、週末にさらにゆっくりと50キロ走ったり。
さらに中2日あけてまたもっとゆっくりと8時間かけて50キロ。
不思議なもので繰り返していると50キロ程度では筋肉痛も出なくなります。
ちなみにこれはコースの試走も兼ねていて一石二鳥です。
残り1ヶ月というところで仕上げの80キロを12時間でやはりゆっくり走って耐性をつけました。
3つ目の不整地は、所謂トレイルのようなもの。
歩幅を変えて走らざるを得ない環境で細かい筋肉を鍛えます。
ただ山に行く時間はないので、河原のアスファルトがないところを走ったり、代々木公園のトレイルを走ったりしました。
そして迎えた2019年2月22日。大会前日。
普段は仕事の休みが取りづらく前泊はしないのですが、
会社の理解もあり半休を取得して川越へ。
スタート、ゴールの蓮馨寺で前日受付を済ませます。
宿泊は川越市内のカプセルホテル。
どこでも寝ることだけは昔から得意。
トンカツ食べて、前日準備をして、サウナに入って、23時に寝ました。
この日の運動はウォーキング8キロとスイム300メートル。
大会当日。2月23日。
朝5時起き、サウナに入って、ストレッチ、エネルギー補給を済ませます。
6時半にチェックアウトし、途中の富士そばで朝食。
朝7時に会場に着いて、荷物を預けてスタートに備えます。
歴戦の猛者たちが勢ぞろい。
ウルトラマラソンはマニアックな世界なので普段数少ないSNSやブログで先人たちの工夫を勉強していますが、
生きた教材が数多くいることに興奮を隠せません。(これまでの完走者はゼッケンの色でわかるようになってます)
午前8時いよいよスタートです。
204キロ、36時間のクレージージャーニーが始まります。
レースは大きく2つのコースに分かれます。
前半は川越の北(熊谷、寄居)を走る小江戸、
後半は川越の南(東京都内・皇居)を走る大江戸。
小江戸が91キロ、大江戸が113キロです。
スタートして、川越の街をランナー達が駆け出します。
20キロ地点に埼玉県のマスコット、コバトンがいました。
やがてコースは荒川河川敷に。
日本一の川幅があるポイントもこの先あります。
桜の時期はきれいだろうなという桜堤。
しかしながら完全なる向かい風10メートルに全然進みませんでした。
エイドステーションは大体20キロ毎にあって、
温かく美味しい食事やマッサージを提供してもらえます。
食事と飲み物は補給しつつも、完走狙いの僕は長居をせず各エイド5分以内で辞去しました。
コンビニエンスストアも使えますが、
これも時間ロスに繋がるので入ったのは1回だけ。メロンパンを買いました。
本当は肉まんを食べたかったのですが、速いランナー達で既に売り切れてました(笑)。
ぐるりと回って小江戸91キロ地点に帰ってきたのが13時間42分。
予定スケジュールより1時間遅れ、でも元々3時間のバッファを見込んでいたので、そういう意味ではまだ2時間余裕があると自分を落ち着かせて大江戸コースへ出発。
川越のエイドではインスタントラーメンを頂きました。
マラソンと違って固形物をしっかり食べるのが
ウルトラマラソンでは必要です。
よく炭水化物を直前に多く摂る、カーボローディングをするの?と聞かれますが、この距離だと全くしません。
少しマニアックになりますが、カーボローディングで人間が貯められるエネルギーは30キロ程度(or3時間程度)で、よくフルマラソンで言う30キロの壁はこのエネルギー切れで起こります。
このくらいの距離だと逆に脂肪をエネルギーに変える必要があり、それができるよう体質改善をしました。
ココナッツオイルやナッツ類をたくさん食べて中鎖脂肪酸を食生活に増やしました。
その結果、
体重は78キロ→73キロ
体脂肪は12.5%→9.1%
この日もトレイルバターと言うナッツをふんだんに使った食べ物をポケットに忍ばせて、1時間に1回飲んでました。
午前0時〜4時という眠くなる時間帯を走ります。
眠くなったらコンビニで眠眠打破を買うつもりでしたが、眠くならず。
これは1週間前からカフェインを断った効果だと思います。
逆にこの日はジャスミンティーとコーラを投入し、久しぶりのカフェインに軽い興奮状態。
また少しお話しした完走経験ランナーの方から、スルメを噛むと眠気が飛ぶと教えていただき、
スルメもいただいて実践してました。
皆さん色々と考えられてます。
とは言え多少幻覚も見えるようになり、
疲労は確実に身体を蝕んでいきます。
午前4時に128キロ地点東中野近くの成願寺エイドに着きました。
予定より1時間遅れは変わらず良い調子で難しい区間を走れました。
成願寺エイドの名物の鹿カレー絶品です。
川越以外のエイドは基本5分ちょっとで辞去し、時間を節約します。
もう20時間走り続けているので精神状態ギリギリですが、スタッフ、ボランティアの方に
礼を欠かすことのないようにだけ心がけました。
そして再び走り出します。
普段は打ち合わせで来る東京都庁通過は午前4時。
その後は日も出てきて、皇居や日本橋を走ります。
東京マラソン以上に東京を満喫できる、既に150キロ走ってなければ楽しいコースです。
100キロマラソンの経験で大体25キロ毎に体調が激変するのですが、
200になると10キロ毎にいきなり走れたり、
一歩も走れない気分になったり。
風邪のように喉が痛くなったり。
粘り強く続けていればまた楽になるので、
回復期を信じて前に進みます。
浅草から赤羽に。
魔の階段。
初めて座り込みます。160キロ地点。
既に走り続けて25時間以上。
痛み止めを飲んで再度走り出します。
左膝の痛みもあり、歩きの比率が徐々に高くなります。
ラスト20キロ。高島平から河川敷に。
ここからは同じペースのランナーと早歩きしながら情報交換します。
ラスト10キロ。ここまで来ると歩くこともままならず、痛み止めもきかず、
ここでランニング人生が終わってもいい、という高校野球部的な気合いのみで一歩一歩、歩を進めます。
もはや足裏が路面に触れると激痛が走る状態に。
制限時間までは1時間半の余裕がありますが止まったら終わり。一番精神的にきつい区間でした。
来年はこの区間もちゃんと走りたいなぁ。
34時間35分、ゴールの川越蓮馨寺へ帰還。
204キロの旅の終わり。
408人中175位でしたが、順位ではなく、自分との闘いを制したという気持ちです。
ウルトラマラソンの距離になるとどんな選手においても完走が確約されているわけではないので、
常に自分との戦いで、必ず発見と反省があります。
多くの同僚や仲間が応援に駆けつけてくれて、
SNS上でも声援をいただき、やり切らねばならぬと思っていたので、ひとまずその安堵感が大きかったです。
東京から静岡のエコパスタジアムに行くくらいの距離を走ったと思うと感慨深さはあります。
走る前は204キロを走ると、見える景色が変わると思ってました。
それはその通りで、このレースは204キロの他にも230キロ、113キロ、91キロの部があるのですが、
距離の長短でなく、それぞれの距離で、それぞれの人がベストを尽くしていることを道中、
素直に尊敬できるようになりました。
走ることは単純で、誰もが経験があるため、
その痛みやつらさは誰にでも想像ができます。
それぞれが自分の挑んでいる中でベストを尽くしています。
そこは他人との競争や比較でなく、自分自信と向き合い、戦う作業。
競技スポーツ時代には見えなかった、そんな新しい景色が見えた204キロでした。
不思議ともう走りたくないという気持ちには一度もならなかったです。
今も早く走りたいのですが、回復にはしばらくかかりそうです。(苦笑)
リカバリーについてはまた別に記載したいと思います。
最後にですが、大会関係者の方、ボランティアの方、私設エイドの方、応援して頂いた方、お話しさせて頂いたランナーの方に御礼申し上げます。
終
小江戸大江戸200K 予定ランニングスケジュール
200キロマラソン、小江戸大江戸まであと17日。応援頂ける方、大きなタイムテーブルはこんな感じで考えてます。寒いので防寒対策しっかりでお越しください。
◾️2月23日(土)
8:00 スタート 川越・蓮馨寺
12:10 熊谷付近(30キロ地点)
20:50 川越・蓮馨寺(91キロ地点)
◾️2月24日(日)
3:40 東京都庁(130キロ地点)
5:10 東京タワー(140キロ地点)
6:15 皇居(145キロ地点)
9:00 浅草・浅草寺(160キロ地点)
11:20 JR赤羽駅(175キロ地点)
13:30 埼玉県・彩湖(185キロ地点)
17:00 ゴール 川越・蓮馨寺(204キロ地点)
For whom it may concern, this is an itinerary for my 200km race in 2 weeks. Thank you for your support on this.
◾️Saturday, 23 February
8:00 Start Kawagoe Renkeiji-temple
12:10 Kumagaya(30km)
20:50 Start Kawagoe Renkeiji-temple(91km)
◾️Sunday, 24 February
3:40 Tokyo Metropolitan Government (130km)
4:25 Gaienmae station (135km)
5:10 Tokyo Tower(140km)
9:00 Sensoji-temple(160km)
13:30 Saitama Saiko-lake(185km)
17:00 Goal Kawagoe Renkeiji-temple(204km)